ミクロとマクロでの時間経過の違い
言葉にはITP(意識高いポイント)という評価要素があります
これはその言葉を使うことで意識が高くなるかどうかを定量的に示したものです
本指標を「マクロ」と「ミクロ」に当てはめると、
平均を大きく上回る数字となっていますので皆さんもぜひご活用下さい
有意義な小噺をしたところで本題です
今回は経験則に近いもので、割と抽象的な「時間」の話です
主観的な時間感覚
いつの間にか時間が経っていた
そんな経験ありませんか?
何かに熱中しているとそうなりますね
時間の密度が高い、と言えると思います
いつの間にか一年経っていた
そんな経験ありませんか?
何かに熱中していると……という訳ではないと思います
ミクロとマクロの時間感覚は逆である
これが僕の経験則です
何かに熱中した、有意義な時間であればあるほど、
いつの間にか時間が経っていた、として
短期での時間感覚は短くなります
ですが、長期で振り返ったときは、
逆に今年は一年長かったな、として
時間感覚は長くなります
何故逆転するか?
この時間感覚の逆転を握る要素の一つとして、「点」があると思います
要するに、その時間を振り返ったとき、
自分の中で観測できる「点」がどれくらいあるか、が判断軸になるのです
時間感覚をもう少し深堀ります
ここでいう時間感覚は、
- 実際に経過した時間
- 経過したと思っていた時間
この「ズレ」を指しています
熱中している時は、「実際に経過した時間」は振り返る時点まで一度も観測していません
だからこそ、「経過したと思っていた時間」は、
経過時間の観測の遅れに比例してズレが大きくなってくるわけです
「経過したと思っていた時間」は0固定であり、実際の経過時間の観測をもって差異が決まるのです
逆に一定期間で振り返ったときは、「実際に経過した時間」を観測してから始まります
つまり、「経過したと思っていた時間」がどれくらいか、がズレの要因となります
この「経過したと思っていた時間」は、観測時点で思い出せる「点」と比例すると考えます
「実際に経過した時間」が固定であり、それに対して
どれくらい経過したと思っていたかが増幅することによって差異が生まれるのです
短期では「実時間の観測」が「点」であり、
長期では「マイルストーンなどの実績」が「点」になるのです
その逆転が、マクロとミクロ視点での認識差分を生んでいるのではないかと思います
要は「どちらから考えるか」って話ですね
だから何
結局これはオカルトなので意味などありません
てすが、僕は長期で振り返ったとき
「今年は早かった」と感じるのは危険信号と捉えるようにしています
時間は主観的なものと誰かが言っていたような気がします
つまり主観的な時間感覚を認識するということは時間を支配するということです
私のように<クロノ・マスター>になりたいのであれば、
貴方も今日から意識してみることをお勧めします