他者への感情制御を最適化する

1日1意識、意識たかむぎです
毎日投稿してから言え
すみません

今日はこの前の「物差し」の話の応用です
他者への感情制御をどう最適化するか、といったオカルトになりますが
実際は平たく言うと「他人にイライラしない」ための処世術になります

まあよくあるアドラー心理学的なやつだと思いますが
僕は原著を読んだことがないのでご容赦下さい

 

怒りの源泉

何故人って怒るんでしょうか?
もしくは負の感情を発露するのでしょうか?
僕はその本質は「期待」だと思っています

自分が「期待した水準」と「観測した水準」に差異がある。
それが理由で、人は負の感情を発現させるのです

であれば、負の感情の制御って難しくないはずです
「期待した水準」と「観測した水準」の差分を無くせばいいのです

 

「誰に」対してなのか

差分を無くすための話……に移る前に、
対象を分けて考えていこうと思います

まず、負の感情にも当然向き先があります
それは「自分自身」か「他人」か、です

あえてここで言及するのは、制御範囲が異なるからです
自分であれば、期待水準と実水準を制御できます
他者であれば、実水準を制御することは出来ません

であるならば、感情の向き先に応じ対策を分けるほうがよいでしょう
今回は、他者に対する感情制御について書いていきます

 

期待水準を下げる

賢明な読者ならこう考えているかもしれません

向き先がどちらであっても、期待水準の制御は有効である。
ならば、期待水準の制御を中心に添えるべきであろう、と。

これは半分正解であり、不正解だと考えています
というのも、期待値を下げることは出来ても、完全にゼロには出来ないからです

他者に一切期待しない……それって苦しくないですか?
一切成長や期待した行動をしない前提で人と付き合う、それって何なんでしょう?

結局のところ、人と付き合うという行動そのものが、
その人に対する期待を持たないと成立しないのだと思います
でなければ、そもそも人付き合いで負の感情を抱くはずがありません

 

観測水準を””上げる””

ここで「物差しの話」が活きてきます
他者に対して、観測水準が低くなりそうなのであれば、
そもそも「物差しが足りていない」と判断するのです

先程、他者の実水準には干渉できないと言及しましたが、
「実水準」と「観測水準」は違います

自分の観測の仕方が悪いと判断し、他者評価を保留にしておくわけです
本当はものすごい要素を持っているのだが、評価が出来ないと考えるのです

 

もしかしたら、これはとても「インテリ」な回答に見えるかもしれません
自分の感情を誤魔化すことで制御しているだけだ、と。

でも冷静に考えてみてください
貴方はその感情の源泉である相手の””すべて””を理解していますか?
完璧に評価出来ていますか?そんなに物差しのコレクションに自信があるのですか?
もはや、それこそ傲慢ではないでしょうか?

 

おわりに

ここでは人に対して怒る人を「観測力不足」として「傲慢」と評しています
でもこの評価こそ「傲慢」で、矛盾してはいないでしょうか?
そう思った方はとても素晴らしく“”インテリ””な陰の素質があります、ようこそ

今回は詳しくは述べませんが、「自分自身」が感情の向き先だった場合、
「傲慢」と「謙虚」を使い分けるのが大事だと考えています

それは、人間そのものが「都合が良い」存在であると考えるからです
であるならば、「合理的に不合理」であるべきと僕は思います
このあたりの話はそのうち投稿しますね

 

補足となりますが、継続的に期待を裏切ってくるような「害」のある相手は、
恒久対処として縁を切るなどの手段は必要不可欠だと思います
暫定対処としてこの手段で誤魔化し続けるべきではないと考えますのでご注意下さいませ

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)