初心者向けのパラドックス:「初心者向け情報」は、初心者を殺している 

初心者向けの情報、ってありますよね
初心者はとりあえずこれやっとけ!とか、ここから手を付けろ、ってやつです
最近はyoutuberや企業wikiの台頭により、初心者向け情報は飽和状態にあります

これらの情報ですが、当然「初心者がステップアップする」ための情報になっています
ですが、私はこれが実は「初心者の環境を悪化させる」のではないかと考えています
言ってしまえば、「初心者向け情報」が結果として「初心者を排除する」と言う事です

おいおいまた妄言かよ、と思うかもしれませんね
ということで、持論を展開していきたいと思います

 

大前提としてのジャンルと、情報の意図

まず「初心者向け情報」が「初心者を排除する」といっても、全てそうではありません
「初心者向けのパラドックス」とでも名付けましょうか、これには大前提があります
「対戦系」か「協力系」であり、競争に近い参加者同士の交流がある事です

その条件を満たすなら、情報が対象とするモノは何でも構いません
対戦ゲームでも良いですし、ブログPVの稼ぎ方でも良いですし、MMORPGでも良いです
例え芸術系であっても、競争を前提とするなら該当すると考えます

また、初心者向け情報が意図するものは下記の二つとしてここでは定義します
一つは「初心者のジャンルへの定着」であり、「手引き」としての役割です
もう一つは「初心者向け情報を通じたコミュニティの形成」です

また、ここではとりあえず「対戦ゲーム」を主な題材として考えていきます
とはいえ、上記の条件を満たしているのであれば、本質的には同じであると考えます
ということで、そろそろ本題に入りましょうか

 

初心者がジャンルに定着するのは、何故か?

初心者向け情報が正しく機能すれば、初心者は定着していくでしょう
ですが、なぜ初心者はそのコンテンツに定着しようと考えるのでしょうか?

私は、それは3つの要素から成っていると考えています
「上達の楽しさ」「成果を出す楽しさ」「コミュニティの楽しさ」です

出来ないことが出来るようになれば、当然楽しいですよね
勝ち続けることが出来るなら、無論気持ちがいいものです
ゲーム自体は平凡でも、そこにいる人が好きならば楽しいものです

私は、このどれかを満たした時、初心者は「定着」するのだと考えます
そして、それらが得られなくなった時に、そのコンテンツから離れるのです
いやまあ至極当たり前なのですが、ここから一つ一つ分解していきましょう

 

マネタイズの容易化が齎す、「価値」の創造

まずは、「上達」と「成果」における「初心者向け情報」から考えています
ですが本題に入る前に、昨今のマネタイズ容易化の影響を考えていきます

まずマネタイズにより、コンテンツには後付けで「社会的価値」が「付与された」と考えます
そのコンテンツで高名な人間は、発信者としての権力を得られます
発信者としての権力とはそれすなわちインプレッションであり、金銭であり、社会的価値です

そして金銭という指標は、全てのコンテンツを横断して評価が出来る指標です
だからこそ「マネタイズの程度」が、「正しい」「コンテンツの社会的価値」です

では、マネタイズの取っ掛かりとしての、インプレッションのベースはどこから来るのか?
それは、ランクマッチや特定の技術の使用可否などによる実力の数値/指標化です
誰でも理解できる指標が存在して初めて、コンテンツを跨ぐことが出来るのです

マネタイズの容易化により、マネタイズの程度こそが「コンテンツの社会的価値」である。
マネタイズのベースは、そのコンテンツにおける「凄さの程度」の「指標化」である。
これらがベースとなった時、「上達」と「成果」は混ざり合います

 

混ざり合う「上達」と「成果」

上達とは、本来は目に見えないもの……指標化出来ないものであると考えます
僅かなアウトプット下限の上昇。特定条件下における練度の向上。メンタルの安定化。
短絡的な「勝敗」や「指標として評価されるか」で測れる部分は極僅かです

とはいえ、結果的に「指標としても上達が反映される」のも、ある程度は確かでしょう
そうでなければ、指標として大きな欠陥があると言えるでしょう
負け続けていてもランクが上がるなら、それは「強さ」ではなく「投資時間」の指標です

まあ、「時間をかけた」ことをネタにマネタイズするという事も可能です
ただ、ここで言いたいのは「指標として反映されない上達」が大半であるという事です
成果……すなわち、「指標としての上達」には、捕捉限界があるのです

ですが、「コンテンツの価値」が、「指標」に宿るとしたら?
「指標化出来ない上達」など、「存在しないようなもの」ですよね?
であるなら、「上達」とは「(指標化出来る)成果」と同義なものになってしまいます

確かに、コンテンツの「社会的価値」「自身が求める価値」は、別物です
ですが、これを混同せずに消化できる人間はどれくらい存在するでしょうか?
他人に惑わされない、確かなアイデンティティを持っている人間は、多数派では無いでしょう

マネタイズが作り出した「社会的価値」の源泉たる「指標」以外、無価値なのです

 

初心者向け情報が、齎すもの

初心者向け情報は、ニーズに合わせ「社会的価値のある情報」を伝えようとします
具体的に言うならば、例えば勝利に直結するような「コツ」や「手順」でしょう
インスタントに「勝てる」情報を発信することで、初心者に「上達してもらう」のです

これは理論上は、問題なく定着を促せるかも知れません
右も左も分からない初心者に、「有益な情報」を与える。
それにより勝利する事ができ、指標も上昇し、上達を感じられる。

ただ、結局はこうならないと私は考えています
なぜならば、インスタントな情報は誰でも取り込めるからです
誰でも理解できる情報は、究極的には暗記の勝負になってしまいます

つまるところ、「初心者向け情報を見るのが当たり前」になると、「差」が無くなるのです
全員が予習済みなのであれば、どこで差を付けるのでしょうか?
当然差は付きませんし、「上達」もそこで頭打ちになってしまいます

これが大前提であるところの「競争があるコンテンツ」に限定した理由です
相対的な評価が中心のコンテンツであれば、本質的に同義であるとも言えます

 

賞味期限切れ以上の、悪影響

初心者向け情報が普及するほど、差が付かなくなる。
それだけなら良いのですが、それ以上の問題があると考えています
長期的に見れば、「指標に依存しない上達」を感じることこそが重要だと考えるからです

例えば何かを自分で実験してみて、その結果として上達を実感する。
この経験……というより、成功体験こそが「上達」を最も感じる要素だと私は考えます
少し本題とは関係ありませんが、一人用の死にゲーを考えればこれは分かりやすいでしょう

そしてこれは、習熟曲線の常として、初期段階の方が成功体験を得やすいです
例えば、格ゲーで「昇竜拳を出せるようになること」「対空で昇竜拳をすること」
これらには、時間面でも試行錯誤面でも、習熟に際しての大きな差があります

ですが、初心者向け動画で「対空昇竜拳」が当たり前で紹介されたらどうでしょう?
初心者は、動画を見て「対空昇竜拳」を出せるようになるまで勝負にならないのです
そして、「昇竜拳そのものを出せること」における上達感は、最早無くなってしまいます

誰も動画を見ていないなら、初心者帯ではコマンド入力が出来ない人で溢れかえります
そこで試行錯誤してガチャプレイから脱却出来れば、それは上達になります
ただコマンドを正確に入力できるということが、上達になるのです

これは、座学をするだけの人から上達を奪うのみならず、自力で攻略する人からも奪います
前提知識が多くなるほど、知識を仕入れない人間は競争から弾かれてしまいます

初心者向け情報は、そのコンテンツが内包している「面白さ」を破壊します
本来であれば感じることの出来た、「上達」や「試行錯誤」の契機を奪っているのです

 

在るべき「初心者向け情報」

では、あまりにも歴史が長いコンテンツはどうでしょうか?
例えば将棋なんかは、想像ですが定石を覚えないと話にならないでしょう
であるなら、定石を伝える情報は初心者向け情報として必須では無いでしょうか?

思うに、これは正しい言論です
ですが、私が言いたいポイントは「その前」にあるのです
駒の動かし方を知りたいレベルの人が、定石を覚えるべきでしょうか?

そういった人は、まずたくさん対局するべきでは無いでしょうか?
そもそも負けた瞬間に、すぐ定石を覚えるべきでしょうか?
私は、それは「本気の人」だけで良いと思うのです

そこまで本気でないにも関わらず、座学が必須になってしまう。
これこそが、「初心者向け情報」の罠なのです
初心者向け情報とは、「本気の初心者」が「上級者」に追いつくためのものであるべきです

それは抽象的であり、考え方や捉え方を定義/アップデートするものであるべきです
極めて具体的な「これをしろ」というものは、初学者の座学を増やすだけです
そして応用の効かない情報はいくらあっても、上級者に追いつく糧にはなりません

先の格ゲーの例であれば、対空昇竜拳における「意識配分という概念」は伝えるべきです
ですが、「Bというキャラと対戦する際、対空昇竜拳を狙え」は、伝えるべきではありません
それは、プレイヤー自らが辿り着くべき「上達ポイント」だからです

 

初心者にとっての、コミュニティ

次に、「初心者向け情報を通じたコミュニティの形成」を考えていきます
ですが、今回もその前に少々「コミュニティ」について、定義を考えていきます

命題は「所属コミュニティが居心地よいから、コンテンツに定着する」です
ではそもそも、「所属コミュニティ」とは何でしょうか?
ここでは存在し得るコミュニティを、三つの規模で考えてみます

一つは、そのコンテンツ「界隈」というレベルでの、広い範囲です
もう一つは、その「界隈」を形成する「各インフルエンサー」の範囲です
最後の一つは、自分が所属する「遊び仲間」というレベルでの、狭い範囲です

では、初心者において重要なコミュニティはどれでしょうか?
私は、最後の「遊び仲間」こそが重要であると考えます

それは、双方向のコミュニケーションが無いならば、それは「所属」では無いからです
アイドルのファンは、「アイドル達のコミュニティ」に参加しているのでしょうか?
それは従属であり、真にはアイドルの「ファンコミュニティ」に参加していると考えます

界隈そのものや、インフルエンサーは「取っ掛かり」でしかありません
実際に交流する人の集合が、いち参加者にとっての「実態としてのコミュニティ」でしょう
これは、多くの人にそういう実感があるのではないでしょうか?

 

初心者向け情報が作り出す、コミュニティ

では、初心者ではなく発信者としての「コミュニティ」とは何でしょうか?
それは、インプレッションや影響範囲という「社会的価値」を生み出すものです
つまるところ、「初心者が本当に所属するべきコミュニティ」では無いのです

初心者向け情報が作るコミュニティは、発信者の社会的価値を生むためのものです
それに双方向性は無く、定着における重要な要素とはなりません
将来的に、情報発信者という「インフルエンサー」のコミュニティになるはずです

だからこそ、そこから分裂した「草の根コミュニティ」が出来るかが重要です
ですが、そうしてもらうことについて、発信者側のインセンティブはありません
分裂して独立してしまうよりは、囲い込む方が社会的価値になるからです

それ故に、大々的に活動している発信者が、それを形成するのは難しいでしょう
やるべきは「初心者同士のマッチング」だと思うのです
発信者が積極的に空間を作るのでは、将来的に破綻すると考えます

 

おわりに

と言った感じで、今回の話は終わりです
こういった事情から、現在出回っている「初心者向け情報」は、害悪であると考えています
少し乱雑なまとめにはなりますが、要するにこういうことです


  • 初心者の定着要素は、「上達」「成果」「コミュニティ所属」
  • マネタイズが「社会的価値」をコンテンツに生み出した
    • 社会的価値を生む施策として、指標化が進む
      • 社会的価値と自身の価値を混同する多くの人間にとって、上達と指標が同義になる
  • インスタントな指標向上としての情報は、座学を増やし本当の上達を奪う
    • 初心者向け情報は、本気の初心者を上級者にするための抽象論であるべき
  • コミュニティは、大きく3分類出来る
    • 界隈全体と、インフルエンサー単位と、自身の所属範囲
    • 双方向でないと、所属とは言えない
  • 発信者の作るコミュニティは、将来的にインフルエンサー単位以上のものになる
    • それは初心者が所属すべきものではない
    • 初心者が所属すべきコミュニティを作るインセンティブは発信者にない
    • やるべきは草の根コミュニティ形成のためのマッチング

まあ結局は、これも情報化が齎した災いの一つなのかもしれませんね
発信者は良かれと思っているはずですし、悪意があるとは考えにくいです
単純に数字が取れるものが「世間に評価された」と考えるのはごく自然でしょう

数字が取れないのに頑張る、というのはタダの「無駄」であり「自己満足」ですからね
それ故に、この潮流が大きく変化することは無いでしょう

この潮流が変わるのだとしたら、それはかなり大がかりなものになるでしょう
一番可能性があるのは、あまりにも具体的な情報をgoogleが排除することです
まあそれは、需要がある以上は検索システム上は不可能に近いでしょう

私は、上記の理由から最近は「小さな対人ゲームの方が面白い」と考えています
それは、試行錯誤による上達感がゲームの楽しさだと考えているからです
答えが用意されており、それをなぞって学習しないと勝負にならないのは、苦行が過ぎます

同じような考え方をしている人間は、大きなゲームから離れると良いかも知れません
小規模のゲームをやり込んだり、1人用のゲームをやり込んだり、そういう事をすべきでしょう
潮流が変わらないのであれば、受け取り方を変えていくべきです

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